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韓国ニュース

アテネ・パラリンピック韓国選手団を
1人で支えたチームドクター
朝鮮日報

 29日に閉幕したアテネ・パラリンピックで韓国選手団が無事に競技を終えて帰国するまでには、昼夜を問わず選手たちの健康を管理した「チームドクター」、キム・ドンギュ(中央大医学部助教授・リハビリ医学科)さんの苦労があった。

 キム助教授は大会期間中、2回徹夜した。突然発生した「患者」を看病するためだった。

 キム助教授は今月12日にアテネ入りすると同時に慌しく活動を始めた。車いす選手のペク・ミンジュン(競泳)が長時間のフライトでトイレを我慢したために急性腎盂(じんう)炎にかかったためだ。一時は熱が41度まで上がった。

 「選手村の応急室で検査し、すぐにアテネ市内の総合病院に連れて行きました。初日の夜はそうして寝ずに過ごし、2日目も24時間つきっきりでした」

 ペク・ミンジュンは一週間入院したが無事競技に出場した。

 24日には脳性まひの自転車選手、キム・パンギュが道路でのレース中に転倒して目と口の周囲が切れ、歯を3本折るなど大けがを負い、キム助教授はまたも徹夜することになった。

 大会が折り返しても忙しさは相変わらずだった。

 「視覚障害柔道のイ・ジョンデは左ひざのじん帯が部分的に断裂し、視覚障害サッカーのGKイ・デウォン(健常者)は親指のじん帯を伸ばしました。ゴールボールの選手たちは打撲傷だらけでしたし…」

 下痢や便秘に苦しむ選手も多かった。アーチェリーや重量挙げなど一部の競技の選手たちは、キムチや塩辛類などのおかずを持参し、現地でチゲ(鍋)やキムパプ(海苔巻)を作って食べた。しかし、腸の機能が弱いほかの車いす選手たちは、選手村の料理に苦労した。

 キム助教授はこれまで、射撃選手の障害クラスを決めるなど障害者スポーツに携わってきたが、今回初めてチームドクターを任された。
 
 選手団123人(選手81人)をキム助教授が一手に引き受けたため、選手村の診療室や競技場、病院を駆けずり回った。予算などの問題で医療陣を増やせず、男性の看護助手が1人同行しただけだった。

 医師5人、物理療法士19人を派遣した米国(選手233人)とは比較にならず、選手25人に医師2人を派遣した台湾よりも悪条件だった。障害者選手がけがや病気に弱い点を考えれば、医師1人では不十分だ。アテネ五輪では韓国選手団376人に医師4人が同行した。

 現地で選手たちをサポートするため、秋夕(旧盆)をゆっくり過ごすことができなかったキム助教授は、「今後は医師が2〜3人は同行する必要がある」とし、「治療した選手たちに感謝されたことが大きなやりがいだった」と話した。