伝統芸術
舞踊
韓国の伝統舞踊は音楽と共に宮廷舞踊と民俗舞踊に分けられます。宮廷舞踊の穏やかで優雅な動きは儒教の強い江一驚を受け、節制された感情と節度の美を表現しています。反対に庶民の生活ぶりや宗教、労働を反映する民俗舞踊はとても自然で豊かな感情が表されています。宮廷舞踊は「呈才(チョンジェ)」と呼ばれ、花冠舞(ファグァンム)、剣舞(コンム)、処容舞(チョヨンム)、寿延長(スヨンジャン)、佳人剪牧丹(カインジョンモクダン)などがあり、民俗舞踊にはタルチュム(仮面劇)、僧舞(スンム)、サルプリ舞(巫女の舞)などがあります。
音楽
王族と上流階級にあった正楽(チョンアク)と民俗楽に分けられます。正楽は穏やかで厳楽であり、複雑な旋律にその特徴があるのに対し民俗楽は速くて力強い旋律で奏でられるのが特徴です。
正楽には興民楽(ヨミンナク)と寿斎天(スジュチョン)の二つの部分に分けられます。一方民俗楽またはパンソリ、民謡、歌謡、歌曲を含む声楽と、散調(サンジョ)とサムルノリを含む器楽に分けられます。
韓国音楽の特徴はゆったりとしたその速度にあると言えます。大部分の正楽は穏やかなもので、時には1拍が3秒ほどの長さになることもあり、非常に静的で平穏な音楽です。こういった特徴は呼吸のリズムと関連が深いと言われています。西洋音楽は心臓の心拍を基とするため躍動感あり活気に満ちた反面、韓国の宮廷音楽は思索や瞑想、深呼吸といったものを重要視するため呼吸の速度を基とするため静けさに満ちたリズムにその特徴があります。
絵画
韓国の絵画は古代古墳の壁画から朝鮮時代の絵画まで韓国固有の特色が表現されています。画家たちは風景や花、鳥などといった素材をコウゾ紙(コウゾの樹皮で作った紙)や絹に墨で描くといった自然主義的傾向が見られます。朝鮮時代中期には貴族層が新しい技法を確立させ、庶民生活の喜びと悲しみを描いた民画が大衆化しました。
工芸
韓国の伝統工芸は日常生活で実際に使われる物や、儀式のような特別な用途として使われる物が大半を占めていますが、実用性を優先するため過度な技巧を施していないのが大きな特色だと言えます。現在、韓国に残っている工芸品の材料は主に金属、漆、織物、陶土などですが、一部にはガラス、皮革、紙絲なども使われています。
新羅と伽耶時代の古墳では各種の象形土器が出土しているが、そのなかでも騎馬人物形土器、神亀形土器、車形、鴨形、馬形、家形の土器などは非常にすぐれた傑作だと言えるでしょう。
また、三国時代の古墳からも金冠など、多量のきらびやかな遺物が発見されていますが、権力と富みの象徴として金銀製品を細工する工匠の機能は一時代の技術水準を立証しています。最近、忠南の扶余で発掘された金銅香炉は三国時代の金属工芸の極致を見せています。
高麗時代になると銅鏡、梵鐘、香坩などで更に目覚ましい発展を遂げました。材料においても銅に約30%の亜鉛を混ぜた真鍮の使用が増え、朝鮮時代に入ると真鍮の使用が更に増えるようになりました。高麗時代の代表的な工芸品には高麗青磁がある。青磁は純青磁と象嵌、辰砂、堆花、画金、鉄画、練理文などの青磁に分類されますが、このような分類法は粉青沙器と白磁にもそのまま適用される。白磁は朝鮮時代の代表的工芸品で、そのなかでも青華白磁が大変流行しました。
朝鮮時代の木工芸品は螺鈿以外に実生活に合うように考案された純粋な木工芸品が盛んに作られました。木工芸品は木目や木の紋様を最大限に生かして自然を物の中に引き込む手法で製作され、これはまさに韓国人の自然主義を大切にする気質をよく反映していると言えます。
建築
韓国の伝統建築は韓国人の自然観、土俗信仰、風水地理思想、仏教的世界観、儒教的自然観と思惟体系などによって韓国特有の建築を形成しました。韓国は国土の70%が山と言われるほど非常に山が多い国です。
したがって、山は韓国人が自然観を形成し、生き方に大きな影響を与えました。韓国の伝統建築には山の形勢と自然環境に調和する建築配置と空間形式が内在していて、また自然に対する思いが込められています。
たとえば、韓国の伝統的な村の裏側には住民たちの精神的な支えとなる鎮山といる山がありますが、この鎮山は村を象徴する山として村を鎮め守ってくれると信じられています。そして、村の前庭には小川が流れ、その前には耕作地が広がっています。耕作地の向こうには村から遠く前に向かい合っているアンサン(案山)があります。この案山は村の人々が日常生活を送りながら毎日眺める山で、案山の形は村人たちの情緒や生活観の形成に多大な影響を及ぼしてきました。大部分の韓国の伝統的な村はこのような自然条件を有する所にあります。このような自然条件は風水地理でいわれる左青竜、右白虎、後玄武、前朱雀を形成しています。次に、仏教寺院建築を見ると、韓国の仏教寺院の配置形式は仏教がインドから中国に伝来した後、中国で形成された仏教寺院の配置形式を受け入れましたが、時が経つにつれて韓国特有の寺院建築形式へと発展していきました。仏教が初めて韓国に入ってきて建てられた初期の多くの寺は現存する仏国寺で見られるように基本的に中庭の周りを回廊が取り囲み、必要な位置に建物が位置を占める対称的かつ幾何学的な配置をしていました。しかし、このような配置形式をした寺は時が経つにつれ幾何学的な規範から抜け出し韓国の自然条件と調和する自然な寺院の配置で変わっていきました。このような配置をした代表的な寺が浮石寺、海印寺、華厳寺などです。
次に、儒教的自然観と思惟体系が韓国伝統建築に投影された内容を見ていくと、儒教思想の根幹をなす思想の中の一つは天人合一思想だということが分かります。人間を天、すなわち自然と合一的に把握しようとする天人合一思想は儒教建築において建築と自然が一つになるようにする建築形式を持つようになりました。この天人合一思想は朝鮮時代に性理学が花開きながら形成された書院や楼亭建築によく表れています。このような建築は儒学者たちが隠居して修養し、また読書するに適した所、すなわち谷間があって水が流れ、山があり、風月を身近にできる所に位置します。
このように住居建築、仏教建築、儒教建築などの韓国伝統建築は自然条件、土俗信仰、風水地理思想などの影響を受けて韓国特有の建築配置と空間形式を作り出しています。
陶磁器
韓国人は新石器時代から土をこねて低い火度で焼いた土器を使用し、三国時代には高い火度の還元燔造で陶磁器を作りました。そのなかでも新羅と伽耶の陶磁器は高い火度で還元燔造され、表面色は灰青黒色で鉄のように堅固なものでした。これらの陶磁器は器の形が多様で、底が丸かったり、あるいは高い支えがあり、表面に陰刻の幾何学的に形成された紋様があって、線の流れが強くて直線的です。
このような陶磁器は統一新羅時代に入ってからは副葬用よりも実際の生活に使われるようになり、従来の高い支えが低くなり、丸い底が平らな底に変わって高い首の部分が低くなりました。